切り絵模写 クリムト「水蛇」

ここまでやって中断してましたが

できあがりました!

顔はアクリル絵の具でかきました

まぁ、普通に油絵の具でかいたほうが早かったかもしれません。丸い花が面倒でした。

切り絵と言えば、高村智恵子の切り絵に感動したのはずっと昔。ただならぬはさみの線はやはりただならぬ精神状態から生まれたものでしょうか。

智恵子の切り絵

私も小学生の工作のレベルを超えなくては。

なんかお尻の下のあたりが痛がゆくて虫にでも刺されたかと思ってたらどうやら帯状疱疹みたいでした!アロエ軟膏塗って直りそうです。こぶがなくなってきましたから。やれやれ。

柞原(ゆすはら)神宮

桜もそろそろ散りそうなので、柞原神宮へ散策。

道すがらの山がきれい、
ここから階段
樹齢三千年の楠。これがすごいです。よく生きてるもんだ!ご神木。
根元で2つに分かれている
苔むした階段も民たちが人力で運び上げたんだろうなー
ワカタケルと重なる

午後はようやくやる気になった切り絵の模写を完成させて、コトブキヤに額を買いに行く。マット切りを頼んであした取りに行きます。お月様が!

とても大きくてドキッとしたんだけど写真ではわからないね

春の一日が過ぎていきます。

小手鞠るいさんの本、など

曜日の感覚はゼロ。たしかきょうは日曜日ですね。小雨。

小手鞠るいさんの本を三冊続けて読んだら、すべてのお話にアメリカの中にあるナバホ国というインディアンの国が出てきました。アメリカはあまり行きたいと思わなかったけど、ここは行ってみたいかな。

それから、三冊のうち二冊に、死んだ人が書き遺したノート、というのが出てきます。「窓」にでてくるのは、やむなくわかれわかれになった娘にあてたもの、「僕らが望むものは」に出てくるのは、別れた恋人にあてたもので、でもそれを読むのは彼女のことを片思いで好きだった血の繋がらない甥。愛と死はいつもセットだ。

最後に読んだ「瞳の中の幸せ」では、猫が愛そのものだと書いてあった。ストーリーはあまりにうまくハッピーエンドだったので白けたけど、まぁそれは家も猫も男も手に入れた35歳の主人公への嫉妬かもしれない。

家も、猫も、男も、幸せにつながるモノだろうけど、裏返せば、幸せという鎖で自分を縛るもの。と、負け惜しみを言ってみよう。

あ、池澤夏樹の「ワカタケル」は、まだ半分。ワカタケルとは、21代天皇(のちに雄略天皇と呼ばれる)のこと。

今まで古事記も日本書紀も読んだことのない私には、この世界はなじみがない。それにしても、ギリシャ神話といい日本書紀といい、昔、神とされてきた人たちの欲望の深いこと。血なまぐさいこと。自分が天皇になるために邪魔なものは兄でも従兄弟でも殺す。子どもをたくさん産ませるために女はいっぱい所有する。そして超自然の力にかなり頼る(表紙の狐と烏は、ワカタケルを導く)。妻には夢見る力、つまり未来を占う力のあるものが求められ、政治にはその力が欠かせない。女性の役割は大きい。この物語に出てくる天皇たちの血を今の皇室が受け継いでいると思うと不思議。

さて、娯楽読書はそろそろやめて、目標に一ミリ、近づこう!

別府湾を見下ろすカフェにて

うちから坂道をぐんぐん登っていくと天海の湯という温泉があり、その隣にこのシエロカフェはあります。シエロはスペイン語の空。眼下には海。

テラス席からの眺め
ノンアルコールビールとウィンナ、フライドポテト

夕陽は反対側なので海の夕陽は見られません。少し先のDISHというレストランは街と港の眺めがきれいだけど、ここは海へ落ち込む崖の上なので絶好のオーシャンビューポイントです。

スペイン語の海はMar

フランス語の海はMer

La merというカフェが海のそばにあります。

この湾の向こうの方に大分空港があるのですね。

暗くなってきました。別府の街の灯りが見えてきました。猫たちが待ってるので帰りましょ。

スーパー家政婦してきたこと 安楽寺の枝垂れ桜

飛行機に乗って、4日間横浜の娘の新居へ行ってきました。

横浜へ行くついでに、もといた町にも寄って、パン工房兼アトリエにのこしてきた粗大ゴミの搬出。捨てようかでも愛着いっぱいのソファと机を捨ててきました。車にバイバイしたときと同じくらい名残惜しい!もったいない!でも執着は捨てる!あの世へは何も持って行けない。

猫の思い出がいっぱいのソファ、これはまりきれいなのですごく躊躇。でも捨てた。ありがとう
絵の師匠から譲られた机、ごめんなさい?ありがとう
物が減ってすっきりしたアトリエ。ビアノを捨てる辛さを味あわなくてほんとーによかった!またお世話になるときは来るのかなー

人が見るとたぶんゴミなんだろうけど、私には人生の一部だったものたち。どれだけ愛着のあるものを捨てればいいのか?でも、たぶんわたしはあと10年も生きないとしたら、後に遺すモノは少ないほどかっこいい。心残りなくその日を迎えられたら後悔がない。旅人はモノは所有しないものです。

72歳で亡くなった姉は、病気になって余命宣告されてから、家を片付けることができなかった。息子と娘に任せるって。たぶんもう気力がなかったんだろうね。モノを捨てるのってすごいエネルギー使うから。元気なうちにやっておくべきです!

その日、友だち4人に順番に会って、久しぶりのおしゃべり。夜遅く、橫浜に到着。初めての相鉄線。

引っ越しから1か月経ってるのに荷物がまだまだ整頓されず大量に残っていて、びっくり!まぁ、私の荷物も片付けにくかったとは思いますので私にも責任があります。段ボールと格闘してきました。娘は赤ちゃん抱っこによる手首の腱鞘炎がひどくて重い物が持てなくて、自分でも片付かないことに心がくじけそうになっていたらしく、とても感謝してもらえて、わたしもうれしかった。花壇にお花も植えてきました。お水あげてくれるかなー。

3月21日は春の嵐。そんな中、娘夫婦はそれぞれのお仕事で出かけて、私はベビーシッター。無事に哺乳瓶の母乳を飲んでよく寝てくれたので、せっせと片付け。次の月曜日、帰る日もベビーシッターと片付け。買い物、料理(筑前煮を作り、それもめちゃくちゃおいしかったよとあとで婿からもメールもらい、喜んでいる私です)に洗濯。ついに時間切れでアイロンかけきれんかった(大分弁)

帰りの飛行機は夕方17:55羽田発。第一ターミナルに行ってしまい、歩いて第二ターミナル、そして搭乗口がまた遠い!歩いたーまた疲れたー

スーパー家政婦は働き過ぎて、大分に帰ってきた次の日(きのう)は一日何もせずぼーっとしてました。足の裏が痛い。宮本輝の「灯台からの響き」を読了。灯台、行きたい。出かける日まで取り組んでいたクリムトの切り紙も、モチベーションがゼロ。なにあれ?っていう感じ。

それで気分を切り替えるために、今朝は快晴の空に誘われて朝ドライブ。別府の安楽寺というところの枝垂れ桜を見てきました。

ちょっと盛りは過ぎてた
朝日

樹齢150年だそうですが、去年わたしが住んでいたアパートの窓のそばの枝垂れ桜と同じくらい。あー、あの桜は名所だったんだなー、咲くまで住めなかったなーと懐かしく思い出しました。

途中の林
志高湖が近い
白鳥さんがまだいます

帰宅途中、コメダ珈琲でこれを書いています。ここは絵本のアイデアが湧くところ。次は外なる宇宙と内なる宇宙の絵本にチャレンジ!

いま、気になっていた粗大ゴミの処分が終わって、ずいぶん気持ちが軽くなってる。わたしは一昨年から捨て続けて、ついにいまはエッセンスだけ残ってる。預かってくれる方々に感謝して、旅人になっている。とくにアトリエとして荷物を置かせてくださっているNさんご家族には感謝でいっぱい。あとは捨てきれなかった観葉植物を預かってくれた方3人。そして娘家族。そして、いま、猫付きのお家を提供してくださってるAさん、一年後はうちに住んで(笑)といってくださるYさん、シンガポールで一緒に暮らそうと言ってくださるシンガポール人のMさん、みんなみんなありがとう!どこへでもいつでも行ける身軽さ!そして、住むとこさえあれば年金で暮らせるようにしてくれたX夫にも感謝なのでアール。

池澤夏樹「ワカタケル」をこれから読むつもり。

切り絵 クリムト

クリムトの装飾的な絵は切り絵に向いてます。トレーシングペーパーで写して色画用紙に転写すればよかったのに、適当に描き写したら何度もやり直すことになり、ここまでずいぶん大変でした。これから顔は絵の具で描いて、150個の花を切ります。

この絵は「水蛇Ⅱ」というタイトルがついています。実物は横長の大きな絵です。ロシアの実業家が2013年に二億円近い価格でスイスの画商から購入したそうです。

昨日は午後お出かけ。まずセブンでメルカリで売れた本(美術史1000円は高かったなーごめんなさい)の発送、大分県立図書館、コトブキヤ(文房具屋さん)、市民図書館(文化ホールにある)、その近くのカフェ、お花屋さん、鳴門うどんと回り、最後に夜のかんたん港へ。初めてここの防波堤灯台の灯りを見ました。赤灯台には赤い光、白灯台には緑の光が点滅していましたよ。サンフラワー号の灯りもきれいだった。そろそろ神戸港に向けて出発の時間。

すっかり暗くなってしまい、帰ったら玄関にチャコもリンもお出迎え。ごめんねー、遅くなって。

昨日買ったお花は金蓮花。食べられる花。マチスの絵に出てくる。今は何を見ても切り絵にしたくなります。

日に日に春らしい きょうはあの3月11日から10年

「どこかで春が」

百田宗治作詞・草川信作曲

どこかで春が 生まれてる
どこかで水が 流れ出す

どこかで雲雀が 啼いている
どこかで芽の出る 音がする

山の三月 東風(こち)吹いて
どこかで春が うまれてる

懐かしい歌です。

きょうは大震災から10年。あの日私と娘はこたつに入って小さなテレビで驚愕の映像を見続けてた。すべてのコマーシャルは消えてACジャパン、公共広告機構の乳がん検診を受けましょうというようなメッセージが繰り返し流されてた。計画停電が発表されあちこちで停電になったけど、京王電鉄のそばのうちのあたりは停電はしなかった。スーパーから品物がなくなり、パンも小麦粉もなくなってた。やがて原発からの放射能の恐怖。不穏な日々だった。

2021年、幾人かの予言者が地震があると予告している。南海トラフ地震、いつ起きてもおかしくないとのこと。心の準備は万端に!


水曜日晴れ ひなたぼっこの猫たち ホトケノザ

三寒四温の四温に入ったのか、きようはすっかり春。

朝日浴するチャコちゃん
リンちゃんの見る夢は脱走囚になる夢

春の七草と秋の七草の切り絵してます。

まだ貼り付けてないので大雑把に置いてます

ホトケノザって見たことないよなーと思ってネットで調べて描いたけど、なんと家の塀の下に生えてました!あっ、これなら見たことあるある。これがホトケノザだ!小さい。これから花が咲くらしいので楽しみに観察しよう。これ、食べられるのかー

1センチもない葉っぱ

こんな雑草まで食べてたんだね。そしてこんな小さな葉っぱに仏様が座る台座の形の名前をつけるなんて、日本人はすごいです。

わたしは紙で葉っぱをいい加減な形で切るけど、自然はどんなに小さい葉っぱもないがしろにしない。

追記  ホトケノザの花が咲いてました

紅色の蕾がかわいい

追記の追記春の七草のホトケノザというのはこれではないのだと判明!キク科のコオニタビラコ(小鬼田平子)という黄色い花の咲く植物だそうです!そちらにもホトケノザという名前がついているそうです。紛らわしいねー  わたしは春の七草の切り絵を間違えて作るところでした!このホトケノザは食べられないそうです!(危ない、食べてみようかと思ってた)

3月9日 うす晴れ(うす曇りより晴れに近いということ)

ここの家の回りは車が通らないので、ほぼ一日、シーンとしています。耳を澄ませば24時間換気の音がかすかに聞こえます。テレビも音楽もつけないで、猫がまったりしてるのを見てる。猫瞑想。

瞑想の達人 チャコ

この子を見てると、小学生のころかわいがってたおむかえのマコを思いだします。うちのネズミ対策に借りてきてたんです。(あのころはうちの中にネズミが出るって普通でした)学校から帰ってマコとお昼ねするのが好きだったなー短い間だったけど心が通ってた。たしかに。

また茶トラの猫とくらせて幸せ者。

あら、今、おひざにのってきてくれた

なつかしいひなかざり

きょうはひな祭りの日。かわいい動画が送られてきて、うちにあったお雛さまを思いだしました。

この方はエアービーアンドピーのゲストさん

この写真の下の方の立ち雛は、私が長女のために友だちに教えてもらいながら作ったものです。

ずっと捨てられなかったのですが、先日、人形供養してくれる、川崎市麻生区の琴平神社に持って行きました。

その子の幸せを願って飾るひな人形は、子から孫へと受け継がせるものではないのですってね。

雛飾り、かわいい伝統ですね。

動画にはつるし雛も出てきました。わたしはあまりなじみがなかったですが、九州ではよく飾られるのですね。